リベンジャー

本日、4月26日 PM 4:12 

思いがけずにその時はきた。 

ただ喉が渇いていただけだった。 

いつものコンビニで伊右衛門茶を買おうとしていただけだった。 

ようやく急ぎの案件のメドがつき、なかなか手をつけられなかったデザインにいざ取りかからむ、と気持ちを切り替える為に外に出ただけだった。 

ぼんやりと店内の商品に目をやりつつ・・・、 

伊右衛門茶を手にしてレジに向かう僕が目にしたものは・・・、 

夕暮れ前の閑散とした店内に僕が目にしたものは・・・、 

タバコが陳列するレジの脇に僕が目にしたものは・・・、 

(出た!早撃ちババア!!!) 

僕は焦った!危うく伊右衛門茶を落としてしまうところだった、 
なぜか別に買う意思もないのにたけのこの里を手に取ってしまった、ひるがえってまたジュースの置いてある冷蔵庫の方に向かってしまった、ハッ!とたけのこの里を戻した、もう一度レジを見た・・・、 

(ヤツだ!!) 

(早撃ちファッキン宮下(仮名)だ!!!) 

1年振りの再会だ、てかまだいたのかよ、他に何か買っとくか?、最近この時間来てなかったしな、のど飴でも買うか?、他の店員は?、いたっ、検品してるのか?、ハッ!目が合った!、雑誌でも見るか、ありゃ宮下だ、この娘カワイイ、ってエロ本だ!、ベビースター買お、もう見ない、俺レジの方見ない、エロ本見てない、レジいこ、なんでこんな焦ってんだ、平常心、平常心、宮下だ、平常心、平常心、絶対勝つ、やってやる、俺はやれる、俺はやれる、尻尾を立てろ、雄叫びをあげろ! 

(マーライヤー!!) 

僕はレジに向かった。 
1対1。 
左右にあるレジの左側に鎮座まします早撃ちミックに対し、僕は右に進み、おにぎりコーナーを一瞥。 
するとこちら側のレジに「ラッシャーセエー」という声と共にササッとミックが移動して来た。 

(チャンス!) 

おにぎりコーナーからひるがえり、 
すかさず左側のレジの脇にあるタバコの棚に手を伸ばす。 
ササッと左のレジに移動してくるミック。 

(かかったな?フェイク!ふんっ) 

『1ポイント先取』 

レジに伊右衛門茶とタバコを出す・・・さあ、ここからが勝負だ! 

と、既に伊右衛門茶とタバコを引き寄せ、 
「467エンナリマー!」 

(は、速いっ!さらに腕を上げたか、ミック!) 

すかさず財布の小銭をまさぐる、 
小銭がいっぱいだ、 
絶対細かいの出してやるぅ! 

(・・・あぁ!!!) 

床に散らばる小銭達、 

『1失点』 

しまった!なにやってんだ俺!ヤツのペースにのまれるな! 
ゆっくりと拾え!焦ってここで500円玉を出すのは完全に負けを認めた事になる!ゆっくり拾って467円ぴったり出してやれ! 

起き上がり「あ、すいません」と言いながらまずは一枚ずつ100円玉を4枚出した。 

あきらかにペースを崩されているミック。 

『1ポイント奪取』 

そして10円玉を4枚くらい出したとき、 

(ハッ!足りない!) 

一瞬我が身を疑った!こんなにゆっくり小銭を出してたのに・・ 
足りてねーっ!! 
とミックの顔を無意識に覗き込んでしまった。 

・・・くう。 

絞り出された。 

『3失点』 

今日も完敗だった。結局1000円札を出してしまった。 
でもなんだか今日は清々しかった。 
なにしろ、僕はタバコを買う予定は無かったのだ。 
策士、策に溺れるとはよく言ったものだ。陳腐なフェイクだった。 
いつの間にか彼女のペースに引き込まれていた証左に他ならない。 
それにいったんリズムを崩されても「くぅ」と絞り出す事で見事に立て直してきた。あいつはアレができる女だ。否、ババアだ。 
しかも今日判明したのだが、ヤツはあの物凄いスピードでレジを処理するくせに、キーをすべて人差し指オンリーで叩いていた。 

『1失点』 

全力で戦った心地良い疲労感が仕事の倦怠感を吹き飛ばしていた。 
外に出ようとコンビニのドアを開けると、夕暮れ前の春風が新学期の廊下の匂いを運んできた。 

「ラッシャーセエー」 

ん? 

僕は外に出たのだ。 

別の人が入店した訳でもない。 

(・・・ババア、あんたも疲れたみたいだな。また来るぜ?) 

最後、ババアはあきらかに間違った 

『3ポイント奪取 ドロー』


星の旅行券

90歳になった僕の日課は、可愛い曾孫達と毎日散歩する事。 
小さい手に引かれて、一緒に花と話をしたり、空に浮かぶ雲で工作をしたり、風や木々の伴奏に歌をのせたりしながらゆっくりと散歩をする事が、今ではもはや使命と言えるほどになっている。 

ある夏の日の夜は星を見に行った。 
息子(長男)の娘(孫)家族が泊まりに来ていたので、7歳と5歳の曾孫達と家の裏手にある丘を散歩がてら登ってみた。 
天の川がうっすらと見えるか見えないかくらいで流れている。 
草の上に腰をかけて、3人でその場限りの星座を作ってはそれにまつわる神話を作って遊んだ。 
「あの星とあの星をつなぐとちょうど人のように見えるじゃろ?」 
「うん。横向いて立ってるみたーい。」 
「その横の星とそのまた横を繋ぐと一本の線ができる。」 
「じゃあくっつけるとなに座になるのー?」 
「オチアイじゃ。この場合オチアイ座とは言わん。オチアイじゃ。」 
「なにそれへんなのー。やだー。ぜってーやだー。」 
「立っておるのに座をつけるのはおかしい。もう少し大きくなったらきっとこの意味が分かる。 ん?ちょうどオチアイに天の川がかかっておるなぁ。やっぱりオチマイにしよう。この場合…」 
もはや、兄弟は我に耳を傾けず、独自の手法で星を編んでいた。 

これでいい。 

と、上の子が 
「やい、ひぃじぃじ、どうしたら星へ行けるのですか?」 
と尋ねてきた。 
「星に行くにはチケットが必要じゃ。」 
「それ欲しい。ちょーだい。」 
「やんねーよ。今のところひぃじぃじしか持っとらん。星の旅行券はひぃじぃじが一生懸命働いてやっと買ったんだもの。お前達にもひぃばぁばさんにもじぃじにもママにもパパにもやんねー。」 
「ひぃじぃじはケチだ!ケチケチアメリカンだ!」 
2人が飛びかかってきたので 
「なんじゃと?ええい、あべこべに返り討ちにしてくれるわ!」 
手を拡げて威嚇するとキャッキャと3人で帰路についた。 

正月になると、毎年、僕の子供達や孫達や曾孫達がこぞって我が家に集まってくる。普段から一緒に暮らしている子もたまにしか会えない子もみんなで賑やかに正月を過ごす。

夕食をとり、早めに横になった僕のすぐ横に妻(ひぃばぁば)と息子夫婦と娘夫婦が座り、孫達や曾孫達は思い思いにくつろいでいる。 
と、息子の娘(孫)が 
「じぃじ、宇宙旅行チケット買ったんだって?」 
と聞いてきた。 
「お?2人に聞いたのか?」 
「いくら安くなったって言ってもあんな高いもの。それに自分の身体の事考えて買ってよね、まったく。」 
みんなそうだそうだと口を揃えていたが、妻と息子と娘は静かに笑っていた。 

寝ている僕を囲むように皆が集まってきた。 
曾孫達が口々に 
「明日はどこに連れてってくれる?」 
とか 
「この間は雲が喧嘩してたのに今日は仲直りしてた」 
とか 
「今日作った歌を聴いて」 
と、風の唄を歌ったりしてくれた。 

僕は孫や曾孫達を集め、息子に天井の屋根を開けてくれと頼んだ。 
ドーム型の屋根が開くとガラス張りの天井の上に満天の冬の夜空が広がった。と、曾孫の一人が 
「今日はどんな星座を作るの?」 
と聞いてきた。僕は 
「ひぃじぃじはいっぱい自分の星座をつくったから、これからはお前達がひぃじぃじの知らない星座をいっぱいつくるんだよ。」 
と言う。そして、 

「さぁ、ちょっと宇宙を散歩してくるよ。上を見てごらん。」 

みんなが空を見上げると 

ひとすじの流れ星 

妻は「この人は最期まで役者だったわねぇ」と笑う。 
息子と娘もくすくすと笑っている。 

孫達は一瞬呆然とするけど、しばらくすると顔を見合わせて微笑む。 
曾孫達は僕の身体にまとわりついたまま星を眺めている。 

と、息子の娘(孫)が、慌てたように僕の布団を剥いで僕の手首を持ち上げた。 

「あ~!やっぱり!」 

僕の手の平に握られた1枚の紙切れには 

  星のチケット  中山典重 様 
   ※ご本人のみ、悔いのない人生を送られた方のみ有効 

と、こ汚く手書きで書かれていた。 

60年後、こんなふうになれたらなぁ、って思います。笑


さくらの瞬間

これからは毎週日記書きます。 

ときに、桜が散り始めちゃいました。 

7年くらい前、大きな失恋をした事がありました。 
そんな頃、八王子の浅川沿いの道を夜独りで散歩してたときの事。 

ピンク色した満開の桜が夜の闇に光を注いでて、川のせせらぎが時間の流れをやさしくしてくれるような本当に静かな夜でした。皮が剥けたばかりで、風があたるとヒリヒリするくらい感傷的だった僕は、せまってくる底の見えない夜から必死に逃げようとしていました。 
3年後の自分、5年後の自分、10年後の自分とそれをとりまく環境をその時に思いつく限界を超えるくらいまで現実的に、そして希望を奮い立たせて無理矢理思い巡らしながら、川沿いの道を歩いていました。 
あ、もしもその頃のため息の量を計れたなら、1日で僕の部屋を埋め尽くすくらいは吐きまくっていたと思います。 

と、 

桜の花びらが1枚、チロチロと僕の目の前に降りてきて、ゆっくりと僕の身体を斜めに斬って地面に落ちました。 

1枚だけ 

その1枚の花びら以外のすべては止まっていました。 

次の瞬間、僕を覆っていた暗くて重くて得体の知れない不安を引き起こす霧は消えていました。 

今、7年前のこの出来事を思い返すと、もし小説家ならこの出来事を荘厳な物語にしてくれるだろうに、と思います。 
それくらい不思議な出来事でした。 

ところで、今日の朝、出勤途中に車から降りて、あの日の浅川とは全く別の川のそばで桜を眺めていました。あの日の事なんかすっかり忘れてて、ところどころを黄緑にした桜の下でポケーッと一服してました。 

なんか、桜ってこんなに白かったっけ? 

とか思いつつ、バフーッ!とか朝の濃ゆい一発をお尻の穴から吐き出しながら。 

そんで、さていくか、と思って車の方に振り向いた瞬間、 

チロチロチロチロ・・・ 

何を願ったかを思い出すのに少し時間はかかったけど、 

そういえば、7年後の今、 
あの夜に思い描いたものをたくさん達成させてもらってました。