90歳になった僕の日課は、可愛い曾孫達と毎日散歩する事。
小さい手に引かれて、一緒に花と話をしたり、空に浮かぶ雲で工作をしたり、風や木々の伴奏に歌をのせたりしながらゆっくりと散歩をする事が、今ではもはや使命と言えるほどになっている。
ある夏の日の夜は星を見に行った。
息子(長男)の娘(孫)家族が泊まりに来ていたので、7歳と5歳の曾孫達と家の裏手にある丘を散歩がてら登ってみた。
天の川がうっすらと見えるか見えないかくらいで流れている。
草の上に腰をかけて、3人でその場限りの星座を作ってはそれにまつわる神話を作って遊んだ。
「あの星とあの星をつなぐとちょうど人のように見えるじゃろ?」
「うん。横向いて立ってるみたーい。」
「その横の星とそのまた横を繋ぐと一本の線ができる。」
「じゃあくっつけるとなに座になるのー?」
「オチアイじゃ。この場合オチアイ座とは言わん。オチアイじゃ。」
「なにそれへんなのー。やだー。ぜってーやだー。」
「立っておるのに座をつけるのはおかしい。もう少し大きくなったらきっとこの意味が分かる。 ん?ちょうどオチアイに天の川がかかっておるなぁ。やっぱりオチマイにしよう。この場合…」
もはや、兄弟は我に耳を傾けず、独自の手法で星を編んでいた。
これでいい。
と、上の子が
「やい、ひぃじぃじ、どうしたら星へ行けるのですか?」
と尋ねてきた。
「星に行くにはチケットが必要じゃ。」
「それ欲しい。ちょーだい。」
「やんねーよ。今のところひぃじぃじしか持っとらん。星の旅行券はひぃじぃじが一生懸命働いてやっと買ったんだもの。お前達にもひぃばぁばさんにもじぃじにもママにもパパにもやんねー。」
「ひぃじぃじはケチだ!ケチケチアメリカンだ!」
2人が飛びかかってきたので
「なんじゃと?ええい、あべこべに返り討ちにしてくれるわ!」
手を拡げて威嚇するとキャッキャと3人で帰路についた。
正月になると、毎年、僕の子供達や孫達や曾孫達がこぞって我が家に集まってくる。普段から一緒に暮らしている子もたまにしか会えない子もみんなで賑やかに正月を過ごす。
夕食をとり、早めに横になった僕のすぐ横に妻(ひぃばぁば)と息子夫婦と娘夫婦が座り、孫達や曾孫達は思い思いにくつろいでいる。
と、息子の娘(孫)が
「じぃじ、宇宙旅行チケット買ったんだって?」
と聞いてきた。
「お?2人に聞いたのか?」
「いくら安くなったって言ってもあんな高いもの。それに自分の身体の事考えて買ってよね、まったく。」
みんなそうだそうだと口を揃えていたが、妻と息子と娘は静かに笑っていた。
寝ている僕を囲むように皆が集まってきた。
曾孫達が口々に
「明日はどこに連れてってくれる?」
とか
「この間は雲が喧嘩してたのに今日は仲直りしてた」
とか
「今日作った歌を聴いて」
と、風の唄を歌ったりしてくれた。
僕は孫や曾孫達を集め、息子に天井の屋根を開けてくれと頼んだ。
ドーム型の屋根が開くとガラス張りの天井の上に満天の冬の夜空が広がった。と、曾孫の一人が
「今日はどんな星座を作るの?」
と聞いてきた。僕は
「ひぃじぃじはいっぱい自分の星座をつくったから、これからはお前達がひぃじぃじの知らない星座をいっぱいつくるんだよ。」
と言う。そして、
「さぁ、ちょっと宇宙を散歩してくるよ。上を見てごらん。」
みんなが空を見上げると
ひとすじの流れ星
妻は「この人は最期まで役者だったわねぇ」と笑う。
息子と娘もくすくすと笑っている。
孫達は一瞬呆然とするけど、しばらくすると顔を見合わせて微笑む。
曾孫達は僕の身体にまとわりついたまま星を眺めている。
と、息子の娘(孫)が、慌てたように僕の布団を剥いで僕の手首を持ち上げた。
「あ~!やっぱり!」
僕の手の平に握られた1枚の紙切れには
星のチケット 中山典重 様
※ご本人のみ、悔いのない人生を送られた方のみ有効
と、こ汚く手書きで書かれていた。
60年後、こんなふうになれたらなぁ、って思います。笑