さっきのバトンやってて思い出したんだけど…
僕は浪人生の時、高円寺の6帖1間のアパートに棲息してました。
その頃、高校の時の友達に
「いつでもいいから部屋を2~3日かしてくんない?」
と頼まれたので、実家に帰るときなら、と部屋を貸しました。
きっと、女の子でも連れ込んだんだろう…、変なゴミとか残ってたらどーしましょ?と考えながら部屋に帰ると、
まずカギの置場として指定したポストの中の封筒に
「あんがとね。満喫させてもらいました。」
とメモ書きが残されておりました。
カギをとり、部屋のドアを開けました。すると、
「おかえり。今日は早かったんだね。ご飯にする?それともお風呂?それとも… ムフフ。」
と書いた紙切れが玄関に吊るしてありました。
ちょっとぷぷっと笑った後、部屋を見渡すとそれはそれは綺麗に物が整理整頓され、しっかり掃除までしてくれてました。
(ちゃんと掃除しとくからね。)
と貸す時に言ってた彼の表情を思い浮かべました。
と、おしっこしたくなってトイレに行きました。
ユニットバスのトイレは外の蓋までおろされてて、どうやらお風呂まで掃除してくれてたみたいでした。
(こんなに綺麗にしてくれるんだったら、月に1回くらい定期的に借りてもらいたいなぁ~。)
なんて、思いながら、トイレの蓋と便座を上げると、便座の裏に
「あれ? おしっこすんの?」
と書いた紙切れがセロハンテープでくっついてました。
僕は、もしやと思い、便座を下ろしてみました。
すると、トイレの蓋の裏に…
「うんこすんの?」
と書いた紙切れが貼ってありました。
僕は面白くなって、部屋中ありとあらゆるところに「書き置き」がないかと、いろいろ見て回りました。
クローゼットを開けると、
「おでかけ?どこいくの?」
机の上には
「勉強すんの?」
CDデッキのCDを入れるトレイには
「なに聴くの?」
いろんなトコに書き置きが残されておりました。
ひとしきり1人で笑った後、何か喰おぅと思ってキッチンの所に行きました。
と、、、
コンロの上にナベが置いてあります。
(はは~ん。わざわざナベにも書き置き残したなっ)
と、見ると、ナベのフタのトコロに書き置きが見えます。
僕はその書き置きを読む前にそのナベを持ち上げてみました。
(…重い?)
しかも…どうもカレーっぽい香りがする…?
(…まさか?)
その鍋の蓋のトコロの、例の書き置きを読んでみました。
それだけは、わりと長い文章でした。
「カレー作りました。
あんまり日が経たない内に食べてね。
でも、ご飯は自分で炊いてね。 ○月○日 pm4:00」
僕は読んでいるうちに、字がぼやけていくのを不思議に思いました。
…あはは。…なんだ俺。…泣いちまってやんの。
僕は、独りぽっちで勉強、勉強の浪人生の僕に、こんな暖かい心尽くしのプレゼントをくれた友人Tをさっきまで、部屋に女連れでウハウハやってきやがって、と思ってしまっていた自分を悔やみました。
…俺はなんて心の狭い人間なんだろう!
…俺はなんて疑いばっかりの汚い人間なんだろう!
…俺はなんて人を見る目のない人間なんだろう!
と。
僕は涙を拭い、心尽くしのハートフルカリーの入った鍋を
「感謝の思いで眺めたてまつらむ!」
とフタを開けました。
…ほんのりかぐわしい家族のぬくもり
…。
…。
…ん?
「ウソだよ。」
その紙切れは、カレーのこびりついた大きいナベの中に半分程入った水の上に…
…ぽつねんと漂っておりました。
その夜、その日の分の問題集を解き、さて、シャワー浴びて寝るか、と、ベッドに潜り込むと、久しく嗅いでない女のかほりが蒲団から漂ってまいりました。
~ポワワワワ~ン~
アハン。イヤン。
ハァハァ。
ふんぬーっ!!!!!
僕はあらぬ妄想をしてしまう自分の頬を叩き、羊と戯れる自分を想いました。
~ポワワワ~ン~
柵をジャンプして飛び越える羊さん。
メリーさぁ~ん、アハハハ。まってよぅ!こぉ~いつぅ~。
羊と追いかけっこをする僕。
よぉーし。あの丘まで競争だ!ハイジ、クララもおいでよ!
アハハハ。アハハハ。アハハハ…
…アハ~ン。イヤ~ン。
ハァハァ。ハァハァ。
ふんぬーーーーーーっ!!!!!
…と、こんなやりとりを1人で繰り返し、気晴らしに公園に行って、夜空でも眺めながら一服しよ。とベッドから起きました。
と、玄関の扉の裏に、ビニール袋が置いてありました。
その袋には例の書き置きが貼ってありました。
「ごめんね。ゴミの日わかんなかったから。これはゴミです。」
うっすらと見えたゴミ袋の中には沢山の丸めたティッシュがありました。
僕は、部屋の中を、ただただ、でんぐり返しするしかありませんでした。